2008年11月29日 9時16分
ついに待望の赤ちゃんが誕生しました。3038gの元気な男の赤ちゃんです。
とはいっても私の子ではありません・・・(*´`*)
カミさんのお姉さんの赤ん坊です。
予定日より一週間早かった28日早朝、義姉が突然破水し、近所の産婦人科に緊急入院しました。
私はカミさんとその家族と一緒にすぐに駆けつけました。
まだ本格的な陣痛は来ておらず、その時は普通に会話をしていました。
私は仕事があったため、カミさんを残して一人その場から離れました。
なので、ここからはカミさん談です。
「日付が変わらぬうちに産まれますよ」と医者からは言われていたので
「誕生日は11月28日、いいにゃあ〜の日だね」なんて話していたそうです。
しかし夜面会時間を過ぎても陣痛は重くならず、来客中だった両親は一足先に帰宅。
義兄(赤ちゃんのパパ)はいよいよ!という瞬間に備えて一時帰宅することになりました。
そんな中うちのカミさんは本人の希望で、義姉の隣に簡易ベッドを用意してもらい
近くで赤ちゃん誕生を待つことになったのです。
ところが、みんなが帰宅した直後くらいから義姉の様子が徐々に変化していきました。
午前0時。8分間隔で腹部にいよいよ激しい痛みがやってきました。しかし苦しみは短くすぐ止みます。
午前2時。5分間隔で顔をしかめ重いうめき声をあげる程の痛み。カミさんはひたすら「頑張れ」と声を掛けます。
午前4時。4分間隔で震えながら白目を剥いてうめく義姉。この頃カミさんは力尽きて、
義姉の激しいうめき声の隣で20分の束の間の休息。この時それでもまだ子宮口は7〜8割しか開いていなかったそうです。
午前6時。3分間隔でやってくる、永く、まさに悶絶する程の痛み。うめき声はいつしか叫び声に。
この時カミさんがやっと義兄に電話しました。
間もなく義兄が病院に到着、それとほぼ同時に義姉が分娩室へ移動。
立会いは義兄のみで、カミさんは壁越しに応援しました。
初産のためお産は難航、壁の向こうの叫び声は更に激しさを増していきました。
午前7時、カミさんから私の携帯電話にも連絡があり、すぐに応援に駆けつけました。
その時の義姉のようすといったら・・・
そこに不透明の厚い壁があったことに心から感謝します。・・・まさにあれは断末魔の叫びというべきものでした。
分娩室に入ってから2時間。義姉の凄まじい絶叫の後、「おめでとうございます!!」という助産婦さんの声が聞こえました。
それまで険しかったカミさんとその両親の表情に、やっと安堵の表情がこぼれました。
タイミングがいいのか悪いのか、ここで私は仕事の連絡が入りその場から離れることになったので、
すぐに赤ちゃんの顔を見ることは出来ませんでした。
あとから送られてきた写メールには、頭の尖った小さなお猿さんのような、かわいい元気な赤ちゃんが写っていました。
私は赤ちゃんの元気な姿を写真で見て初めて母子共に無事だったことに安心しました。
そして、なんとも言えない爽やかな気分になりました。
その後義母が言っていた、こんな言葉がとても印象的でした。
「あんなに死ぬほど痛い思いをしても、それでも二人、三人と欲しくなるのはね・・・
それだけ子供が可愛いからなのよ。」
・・・深イイ〜〜〜〜〜〜。(う〜〜〜〜ん)
命を掛けて子を産む親と、命を与えられてようやくこの世に誕生した子供の奇跡の瞬間を目の当たりにした今、
よく世間で騒がれる「幼児虐待」とか、「キレる子供」とかいうことが本当に残念なこと、信じられないことだと感じます。
そして親の深い愛情に今改めて感謝したいと思いました。

この記事に対するコメント